生まれたばかりの赤ちゃんを殺す「嬰児殺し」。この単語を耳にすると心がざわざわし、落ち着かない気持ちになる人も多いのではないでしょうか。
嬰児殺しは何の罪もなく、抵抗もできない赤ちゃんを殺す、許すことのできない犯罪ですが、嬰児殺しをするのはどんな人間でどんな心理で罪を犯すのでしょうか。
嬰児殺しが起こる背景を見てみると、単純ではない根の深い問題が横たわっています。
嬰児殺しとは?嬰児殺しは日本ではどれくらい起きている?
まずは嬰児殺しの意味、日本ではどれくらい嬰児殺しが起きているかを確認してみましょう。
嬰児殺しとは?
嬰児殺しとは、生まれたばかりの赤ちゃんを殺すことを指します。
昔は食い扶持を減らすために生まれたばかりの赤ん坊を殺す、双子が生まれた場合にどちらか一方を殺害するなど食べるのに困難な環境、文化的な禁忌などが背景にありました。
刑法上では分娩中、または分娩直後の新生児を殺すことを指します。
嬰児殺しは日本ではどれくらい起きている?
厚労省のまとめでは平成29年度に虐待で死亡した子供は52人(心中を除く)。その中で0歳が28人(53.8%)と最も多く、0歳児の中でも0カ月0日が14人で半数を占めています。
嬰児殺しは日本のどこかで1カ月に1件のペースで起きている計算になります。これは、事件として認知されているものの数で、実際にはそれ以上の嬰児殺しが行われているものと考えられます。
嬰児殺しが起きる背景
なぜ、嬰児殺しが起こるのでしょうか。嬰児殺しの加害者で1番多いのは「実母」です。
先の厚労省のまとめでは、生まれたばかりの日齢0日児いわゆる嬰児を虐待し、殺害した加害者で1番多かったのが「実母」で14人中11人と高い割合になっています。
背景を見てみると、追い詰められた母親が嬰児殺しをしてしまう構図が見えてきます。
- 予定外、望んでいない妊娠
予定外に妊娠してしまい、悩んでいるうちに出産を迎え、出産後どうしていいのか分からずに、赤ちゃんを放置し殺害してしまうケースが多く見られます。
出産は赤ちゃん、母親両方の命にかかわることであり、普通であれば、出産の際には病院や助産院などで医師や助産師に介助してもらいます。
しかし、嬰児殺しをした母親は医療機関ではなく、自宅のふろ場やトイレなどで出産していることが分かっています。
10代で妊娠するケースが目立ちます。その中には中学生や高校生も含まれています。
赤ちゃんが生まれた後、どうしたらよいのか分からずに困った末、スクールバッグに入れて遺体を川に流したというようなケースもあります。
面接してみると、生真面目そうな子だったりします。妊娠させた相手の男性にも家族にも友達にも学校の先生にも相談できなかった様子がうかがえます。
妊娠するまでの男性との関係を見ると、互いに妊娠や適切な避妊の方法についての知識が不足していたりします。
ある程度の知識はあっても、相手の要求を受け入れないと、自分は捨てられるかもしれないという不安を抱えていて、避妊具の装着を求めることができないようなこともあるのです。
- 貧困
経済的に困っており、育てられないので人工中絶をしたいと思っても費用が工面できないケースも見られます。
経済的なことだけでなく、家族と一緒に暮らしていても家族が妊娠に気がつかないことも。
家庭だけでなく、職場や学校でも妊娠していることに気づいてもらえず助けてもらえない「人間関係の貧困」も嬰児殺しの要因の一つとしてあげられます。
- 父親不在
妊娠は一人ではできません。責任は父親にもあるはずですが、嬰児殺しが起きた事例のほとんどで、父親の関与が見られないという報告があります。まず、妊娠したことを相手の男性に伝えきれていないということも多いのです。
本来妊娠する可能性があることを合意の上で性交渉を行い、妊娠したのであれば、妊娠したパートナーを物心両面で支える責任が父親にはあるはずです。
しかし、嬰児殺しが起きている事例では男性との情報共有がなされておらず、パートナーとしての関係が成り立っていないケースがほとんどです。
- 助けてほしいと言えない
加害者である母親も虐待されて育ったことなどが原因で、人を信じて助けを求めるという対人関係のスキルが身についていないこともあります。
これまで理不尽に耐えて生活してきたため、困ったことがあっても声をあげることをせず、やり過ごすというパターンが身についてしまっており、妊娠してしまったことを周りに相談できないのです。
ですから、刑事的な責任は嬰児を殺した母親にあるということになりはするのですが、そういう状況に追い込んでしまったのは周りにいる大人たちの責任であるとも言えます。
ひだかあさん
嬰児殺しを防ぐために必要なこと
嬰児殺しを無くすにはどうしたらいいでしょうか。
まずは望まない妊娠をしないために、早い段階での性教育が必要です。これは、女性のみならず、男性に対しての性教育がとても必要です。
お腹に妊娠体験ジャケットを付けて、女性が妊婦したときの状況をよりリアルに感じてもらうようなことをしているようなところもあります。妊娠したときの状況がイメージできれば、パートナーへの思いやりも増すかもしれません。
そして、望まない妊娠をしてしまった母親を軽率だ、無責任だと責めても問題は解決しません。困った時に気軽に相談できる環境、体制が大切です。
愛知県の児童相談所では、生まれたばかりの赤ちゃんを自分の子供同様に育てる特別養子縁組を前提に里親委託する活動をしています。
また、特別養子縁組に取り組む団体で予期せぬ妊娠をした母親の相談に乗る活動をしているところもあります。
「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)を運営する熊本県の慈恵病院は2019年12月、望まない妊娠をした母親が病院にだけ身元を明かして匿名で出産する「内密出産」を受け入れると発表し、話題になりました。
生まれてきた子供の戸籍をどうするのかといった問題も指摘されますが、同病院は「全国で赤ちゃんの遺棄や殺人事件が起きている。母子の命にかかわる孤立出産を防ぐための取り組み」と述べています。
赤ちゃんの命を守るためにも、母親と赤ちゃん両方の支援体制の早急な確立が望まれます。
ひだかあさん
・相談窓口
「こうのとりのゆりかご」の慈恵病院が運営する「妊娠SOS」。電話・メールで相談を受け付けている。
特別養子縁組に取り組むNPO。予期せぬ妊娠の相談にも乗っている。
参考URL
子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について(第15次報告)
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000533868.pdf
※嬰児殺しについては235ページから249ページに詳しい
慈恵病院の報道
https://www.huffingtonpost.jp/entry/story-akachan-post_jp_5dec4d36e4b05d1e8a528619
参考文献
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「わが子を殺す母親たち」(C.L.マイヤー、M.オバーマン著、岩本隆茂、塚越博史、宮﨑みち子、森伸幸、勝山友美子訳 2002年12月 勁草書房)
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「『赤ちゃん縁組』で虐待死をなくす 愛知方式がつないだ命」(矢満田篤二、萬屋育子 2015年1月、光文社新書)
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「『鬼畜』の家 わが子を殺す親たち」(石井光太、2016年8月、新潮社)
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「サイレントマザー 貧困のなかで沈黙する母親と子ども虐待」(石川瞭子編著、2017年10月、青弓社)
嬰児殺しをした母親ばかりを責めることはできませんね。